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東京地方裁判所 昭和30年(行)40号 判決 1959年4月22日

原告 住友海上海災保険株式会社

被告 東京都中央税務事務所長・東京都

主文

被告東京都中央税務事務所長が原告に対し別紙目録一記載の建物につき、昭和二十九年十二月十六日附でなした課税標準金五億一千九百四十二万九千百円、税額一千五百五十八万二千八百七十円との不動産取得税賦課決定はこれを取消す。

被告東京都に対する訴を却下する。

訴訟費用中、原告と被告東京都中央税務事務所長との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告東京都との間に生じた分は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張は原告訴訟代理人において、被告は本件決定にあたつて、本件建物の評価の方法を誤り課税標準を定めたものであるから、本件決定は違法であると述べ、被告等指定代理人において別紙目録二記載の物件が原告主張のような立場で評価すれば自治庁長官の示した固定資産評価基準所定の償却資産として評価すべきものに該当し、その価格が原告主張どおりであることは認めると述べたほかは別紙要約調書のとおりである。

(立証省略)

理由

第一、被告東京都中央税務事務所長のなした本件決定の取消を求める訴についての判断

一、被告東京都中央税務事務所長が、昭和二十九年十二月十六日附で、原告に対し、本件建物につき課税標準金五億一千九百四十二万九千百円、税額金一千五百五十八万二千八百七十円との不動産取得税賦課決定(以下本件決定という)をなし、右決定が同月十九日原告に通知されたこと、及び原告が右決定に対し昭和三十年一月十三日東京都知事に異議の申立をしたところ、都知事は三ケ月を経過しても決定をしていないことは当事者間に争がない。

二、そこで本件決定が違法かどうかについて判断する。

(一)  先ず原告は本件建物を昭和二十九年五月法律第九十五号による地方税法改正前に取得していたのであるから、本件建物の取得については同法第七十三条の二の規定を適用する余地はないにもかかわらず、被告はこれを適用して不動産取得税を課した点において違法であると主張するのでこの点について判断する。

税務官庁が如何なる場合に不動産取得税を課しうるかは、専ら地方税法第七十三条の二以下に規定されているところであるから、改正地方税法施行後(但し不動産取得税に関する部分は昭和二十九年七月一日以後)右要件に該当する事実が発生した場合には税務官庁は不動産取得税の課税権を取得することはいうまでもないところである。

そこで右課税要件について検討してみると地方税法第七十三条の二第一項によれば不動産取得税は不動産の取得に対し(当該不動産所在の道府県において)当該不動産の取得者に課せられることになつているが、右規定にいう不動産の取得の意義を如何に解すべきかが先ず問題となる。ところで改正地方税法の施行前「不動産の取得」のなる用語の概念は一般に私法上不動産所有権の取得を意味するものとして使用されるのが通例であつたと考えられるが、地方税法上不動産取得税を設け、その課税要件を規定するにあたり、「不動産の取得」なる用語を通例である私法上の所有権の取得の意義において使用するか又は地方税法上これに特別の意義を与えるか或いは原則として通例の用語例にしたがいつつ、特別の場合には特殊の意義を与えるかは専ら立法政策に属する問題である。しかしながら一般に地方税法において使用されている用語も特に法律自体においてその意義を定め又は特に通例の用語例と異る意義に使用されていることが明らかな場合を除き、原則として通常の用語例にしたがつて使用されているとみるのが相当であるから、改正地方税法においても「不動産の取得」の用語を原則として私法上の不動産所有権の取得の意義において使用していると解するのが相当であるけれども、地方税法第七十三条の二第二項は一般に新築の場合においては個々の家屋により所有権の取得の時期が必ずしも明確でないことから画一的な時期を定める目的と請負人又は立売業者の形式的な所有権取得に対する課税を避ける目的で地方税法施行後家屋が新築された場合においては単に新築家屋の所有権を取得したゞけでは足りず、新築後当該家屋について最初に使用又は譲渡があつた場合もしくは当該家屋について使用又は譲渡が行われることなく六ケ月を経過したことをもつて始めて課税要件たる不動産の取得があつたものとみなし、新築の場合における不動産取得の意義を特別に規定したものと解するのが相当である。けだし不動産取得税は不動産所有権の取得を契機として賦課されるものではあるが、その賦課標準は不動産を取得したときにおける不動産の価格によるものであるから(地方税法第七十三条の十三第一項)、新築の場合、その所有権取得の対象となる程度の建築をもつて(原告指摘の大審院、高等裁判所の判決例の程度で)これを不動産の取得があると解すれば、その課税標準は極めて低額なものとなり、しかも改築の場合において家屋の価格が増加した場合において当該改築をもつて家屋の取得とみなして不動産取得税を課せられることと比較して著じるしく均衡を失するものといわなければならないし(原告指摘の大審院及び高等裁判所の各判例は不動産の取引と公示の原則の観点から、如何なる時期に建物の材料が動産の域を脱して不動産となるかの問題についてのものであり、如何なる経済的利益の享受に対し課税するかという別個の行政目的の下に立法された地方税法の解釈に直接そのまゝ妥当するものとは考えられない)、また同項の「……家屋の所有者又は譲受人を取得者とみなし……」の文言に徴しても新築の場合には所有権の取得と同項の不動産の取得の意義が異ることが明らかであるからである。そうすると新築の場合における不動産取得税の課税要件は政正地方税法施行後家屋の新築があつたこと及び当該家屋につき最初の使用又は譲渡のあつたこともしくは使用又は譲渡なく六ケ月を経過することの二つてあると考えられる(したがつて改正地方税法施行前家屋の新築がすでになされていれば不動産取得税は課せられない)。

そこで右にいう「家屋の新築があつた」ということの意義を如何に解すべきかゞ次に問題となるが、これについては結局地方税法における不動産取得税の課税目的を考慮した上社会通念によりこれを決定するほかはないが、家屋の新築の場合課せられる不動産取得税は単に所有権の取得の対象となる程度の建物の取得を対象とするものではなく、改築の場合その家屋の価格の増加に対しこれを不動産の取得とみなして不動産取得税が賦課されることの均衡上、少くとも当該家屋の建築の一連の工事の段階においてそれ以上家屋の価格の増加を期待できない程度に工事を完了したと認められる状態に達した建物の取得を対象とすべきものであること、すなわち、家屋の新築により所有者が取得する経済的な利益(当該家屋の所有者として当該家屋を完全に使用収益処分できる価値の取得)に対し課せられるものであると解すべきである点を考慮すると、「家屋の新築があつた」とは当該家屋の種類、構造、用途等を考慮して当該家屋の本来の用途に応じ現実に使用収益しうる程度に完成されたことを要すると解すべきである。けだし同項の「新築された」ことを単に主体工事の完了したことと解すると大規模なビルデイングの新築工事においては主体工事の完了から建物を使用しうる程度の完成まで相当長期間を要することは明かでこの場合六ケ月を経過してもなお完成しない場合には主たる材料の供給者が請負人であれば、まず工事請負者に対し第七十三条の二第二項但書の規定により、又工事完成度注文書に引渡されると注文者に対し同条第一項の規定により不動産取得税が課せられるという不都合を生じ、請負人又は立売意業の形式的な所有権取得に対する課税を避けようとした同条第二項の立法趣旨を滅却することになるからである。

そこで本件においてこれをみると原告主張のような写真であること当事者間に争のない甲第九第十号証の各一ないし七証人鈴木辰次郎、同元川彦之進の各証言及び検証の結果を綜合すると、改正地方税法の施行された当時の本件建物の状況は主体構造部についてはすでに完成しいわゆる仕上工事の段階にあり、七、八階部分はほゞ完成に近かつたが一、二階部分はなお工事中であり、非常階段の使用は可能であつたが、主要階段についてはまだ使用できない状況にあり、建物全体としてはまだ工事中の状態であつて、本件建物を全体として見たときにはまたこれを利用できうる状況にはなかつたものと認められ、右認定に反する証人近藤保、同森井賢之助の各証言は信用できない。右認定事実によれば本件建物は七月一日当時まだ近代的なビルデイングとしては完全に使用できる程度に完成したものということはできず、したがつて右地方税法にいう新築された状態にはなかつたと解するのが相当である。

そして七月一日以後八月下旬に工事完了したことは原告自ら主張しているところであるから本件建物が新築されたのは改正地方税法施行後と認められるし、原告が本件建物の使用開始をしたのは同年十月初旬であることは当事者間に争がないから、原告は改正地方税法施行後本件建物を取得したとみなされ、右事実につき、被告が原告に対し不動産取得税を課したことは違法でないといわなければならない。(本件につき被告は改正地方税法施行後発生した不動産を取得したとみなされる事実について法第七十三条の二第二項を適用して本件処分をなしたのであるから法の遡及適用の問題は生ぜず、原告の右問題についての所論は前記認定の本件については当を得ないものというべきである。)

(二)  次に原告は被告の本件処分は不動産取得税の課税対象にならない物件を含めて課税標準を算定したものであるから、その算定方法に誤りがある点において違法であると主張するのでこの点につき判断する。

被告が本件建物新築取得に対する不動産取得税標準の算定方法として本件建物の附属設備を他の部分と区別しないでこれを含めて本件建物を一個の有機体としてこれが価額を評価したものであることは当事者間に争がない。

ところで地方税法第七十三条の二十一第一項によれば、都知事は(但し、東京都においては東京都税条例第四条の三により税務事務は各税務事務所長に権限が委任されているが、同条但書第九号同条例施行規則第三条第七号により不動産取得税を課すべき家屋のうち、本造家屋以外の家屋については一棟の床面積が一千坪以上のもの又は当該家屋に係る再現建築費が一億円以上のものその他知事において価格の決定をすることが適当であると認めるものに係る当該不動産取得税の課税標準となるべき価格の決定に関する事項については都知事にその権限がある。)固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については当該価格により当当該不動産にかかる不動産取得税の課税標準価格を決定すべきものとされ、また同条第二項によれば固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産については地方税法第三百八十八条第三項の規定により示された基準並びに評価の実施の方法及び手続に準じて、当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとされているのである。もとより右自治庁長官の示す固定資産の評価基準そのものはそれ自体法的拘束力をもつものではないけれども右地方税法の規定により都知事は右基準に準じて不動産の課税標準価格を決定することを義務ずけられているものと解すべきである。ところで右固定資産評価基準第三章第八項によると家屋の附属設備でその他の部分と一体をなして効用を発揮しているもので当該家屋の所有者の所有にかかるものはこれを家屋に含めてこれを評価すべきものとされているのであるが(地方税法第七十三条の二は本件処分後改正され新に第四、第五項が加えられ、附属設備の所有者が家屋の所有者と異る場合でも家屋の所有者が附属設備を取得したとみなしてこれに不動産取得税を課しうることを認めたのであるが、この改正前においても家屋の所有者と附属設備の所有者とが同一の場合には附属設備を含めて不動産取得税を課することは差支えなかつたものと解するのが相当である。)、同項の表示の上欄の附属設備に附属する同表下欄に例示する機械で事業用のものについては償却資産として別途評価するものとされておりこれらの機械は家屋に含めて評価すべきではないのである(地方税法第三百四十一条一号参照)。ところで別紙目録二記載の機械が右表の下欄に例示する機械で事業用のものであることは当事者間に争がないから、これ等の機械は本件建物のうちに含めて評価すべきではないといわなければならない。そうすると右機械を本件建物に含めこれを一体として課税標準価格を算定した東京都知事の評価は誤りであるといわなければならない。

ところで本件建物の正当な課税標準の価格は被告東京都中央税務事務所長の本件決定の価格から別紙目録二記載の価格(この価格につては当事者間に争がない)を差引いた価格ではなく(被告中央税務事務所長の決定価格は右機械類と家屋のその他の部分の価格の総和ではなく、右全体を有機体として評価した価格であるから、)、別紙目録二記載の機械を除いた部分について改めてこれを評価した価格でなければならないが、本件においては右価格を具体的に確定しうるに足る証拠はないから、本件建物の正当な、課税標準価格は結局不明である。という外はない。

よつて前記の課税標準価格によつてなされた被告東京都中央税務事務所長の本件決定は全部違法であるといわなければならない。

二、被告東京都に対する訴

原告が本件決定に基き昭和二十九年十二月三十一日不動産取得税一千五百五十八万二千八百七十円を中央税務事務所に納付したことは当事者間に争がない。しかしながら、原告が被告東京都に右金員を納付した法律上の原因は本件決定に基き発生した納税義務であるから、本件決定を取消す判決が確定して始めて右金員納付の法律上の原因を欠くことになり、被告東京都は不当利得として原告に対し右納付にかかる金員を返還すべき義務が発生するわけであるから、右金員の返還を求める本件訴は将来の給付の訴であるといわなければならない。

ところで被告東京都が現に右金員の返還を拒否していることは本件口頭弁論の全趣旨から明らかなところであるが、東京都としては本件決定が取消されない限り右税金を収納する法律上の原因がありこれを任意に返還することは許されないのであつて本件決定を取消す判決が確定した場合においてまでも右金員の返還を拒否するものとは考えられないし、また特にあらかじめ右返還の請求をしておく必要があると認めるに足る証拠もない。

よつて被告東京都に対する訴は訴の利益を欠くものといわなければならない。

三、よつて原告の本訴請求中被告中央税務事務所長に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告東京都に対する請求は訴の利益を欠くからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

(別紙)

昭和三十年(行)第四〇号 不動産取得税賦課決定取消並不当利得返還請求事件要約調書

一、請求の趣旨

(一) 被告東京都中央税務事務所長が原告に対し、別紙目録一記載の建物につき、昭和二十九年十二月十六日附で為した課税標準金五億一千九百四十二万九千百円、税額金一千五百五十八万二千八百七十円との不動産取得税賦課決定は、これを取消す。

(二) 被告東京都は原告に対し、金一千五百五十八万二千八百七十円及びこれに対する昭和二十九年十二月三十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

予備的請求の趣旨

(三) 被告東京都中央税務事務所長が原告に対し、別紙目録一記載の建物につき、昭和二十九年十二月十六日附為した課税標準金五億一千九百四十二万九千百円税額一千五百五十八万二千八百七十円との不動産取得税賦課決定のうち、課税標準金四億三千二百四十四万二千七百円税額金一千二百九十七万三千二百八十円を超過する部分はこれを取消す。

(四) 被告東京都は原告に対し金二百六十一万三千七百九十円及びこれに対する昭和二十九年十二月三十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(五) 訴訟費用は被告の負担とする。

(六) 金員支払の部分につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

三、請求原因

(一) 被告東京都中央税務事務所長(以下被告所長と略称する)は、昭和二十九年十二月十六日附で原告に対し、別紙目録一記載の建物(以下本件建物という)につき、課税標準金五億一千九百四十二万九千百円税額金一千五百五十八万二千八百七十円との不動産取得税賦課決定(以下本件決定という)を為し、右決定は同月十八日原告に通知された。原告は右決定に対し昭和三十年一月十三日東京都知事に異議の申立をしたが、知事は三カ月以上経過するも決定をしない。

(二) しかし本件決定は次に述べるとおり違法であるから取消さるべきものである。

本件建物は、原告を注文者、訴外株式会社竹中工務店を請負者とする昭和二十七年十二月二十六日附請負契約に基き、昭和二十八年一月十六日訴外会社が材料を供給して新工事に着工し、昭和二十九年三月二十七日所謂主体工事(ビルデング建築の工事を大別して主体工事、仕上工事及び設備工事の三工事とするときのそれ)を完成したので、これにつき東京都建築局の証明を受けたうえ、翌二十八日原告に引渡された。同年四月二十四日原告は家屋台帳への登録及び保存登記を了した。その後引き続き工事を進め同年六月三十日には総工事の約九十五%を了し、同年八月二十七日工事を完了し、建築基準法に基いて東京都建築局に届出したうえ、同年九月二日検査済証の交付を受け同年十月初旬使用を開始したものである。

以上のように本件建物は、昭和二十九年三月二十七日主体工事の完了により大審院判例(大審院昭和十年十月一日判決民集十四巻十八号一六七一頁、同旨大阪高裁昭和二十八年七月十四日判決高民集六巻七号三七九頁、広島高裁昭和二十六年七月四日判決行集二巻八号一、一六七頁、東京高裁昭和二十九年二月二十六日判決下集五巻二号二二四頁等)の所謂「建物としてこれを遇しうべき域に達した工作物」として不動産となつたのであり、それ故爾後の工事の完了をまたずに建物として家屋台帳への登録及び建物登記簿への保存登記が可能となつたのである。そして本件建物の前記請負契約においては材料の供給者は請負者たる訴外会社であるから右昭和二十九年三月二十七日主体工事の完成により不動産としての存在を有するに至つたとき、訴外会社が該建物を不動産として原始取得し、翌二十八日注文者たる原告は訴外会社から右建物の引渡をうけその所有権を譲受け、承継取得した。

従つて本件建物の使用の開始が、昭和二十九年七月一日以後であつたとしても、原告が本件建物を取得した当時には新築家屋につき最初の使用の日をもつて取得の日とみなす旨の規定(地方税法第七十三条の二第二項)は未だ公布すらなかつたのであり、右規定が適用されるに至つた時は原告は既に本件建物の取得を完了しており、同一建物の原始取得が二回あり得ないことは勿論であるから、本件建物については右規定を適用する余地はなく、本件建物につき不動産取得税を課されるいわれはないから本件決定は違法である。

ちなみに自治庁においても、昭和二十九年六月三十日迄に建物を新築取得した場合にはその使用の開始が同年七月一日以後であつても不動産取得税を賦課しないとの見解を表明し、同年六月三十日までに建物の新築があつたかどうかは同日現在における当該建物の現況、当該建物が不動産登記法に基く登記をなしうる状態にあるかどうか等により判断すべきものとしている(昭和二十九年八月三十日自治庁府発第六九号府県税課長発各都道府県総務部長宛、同年九月二十五日自治庁府発第八一号府県税課長発石川総務部長宛(記録一〇八丁以下参照))。

(三) 原告は本件決定に基き、その納期限と定められた昭和二十九年十二月三十一日東京都中央税務事務所に賦課決定税額金一千五百五十八万二千八百七十円を納付した。しかし本件決定が前記の理由で違法である以上被告東京都は法律上の原因なくして原告の財産より右税金相当額を利得し、原告はこれにより同額の損失を蒙つたものである。しかして被告都は本件決定が達法であることを十分知悉して右税金の支払を受けているのであるから民法第七百四条に所謂悪意の受益者であることは明らかである。よつて被告東京都に対し右税金相当額金一千五百五十八万二千八百七十円及び右金額受領の日である昭和二十九年十二月三十一日から完済に至るまで年五分の割合による利息の返還を求める。

(四) 仮りに前記の請求が理由ないとしても、本件決定の課税標準金五億一千九百四十二万九千百円税額一千五百五十八万二千八百七十円のうち課税標準四億三千二百四十四万二千七百円税額一千二百九十七万三千二百八十円を超過する部分は違法である。

即ち本件決定は別紙目録二記載の各物件を含めて本件建物の時価を算定しているが、右各物件は本来建物と一体をなしておらず償却資産として独立の動産であるから後記のとおり不動産取得税の課税対象たる不動産とは厳に区別されるべき性質のものである。

そして右物件の価格は別紙目録二記載のとおり合計八千六百九十八万六千四百円であるから、本件決定のうち右物件の価格相当の課税標準につき八千六百九十八万六千四百円税額につき二百六十万九千五百九十円の部分は不動産取得税の課税対象とならないものをも不動産として評価して課税した違法がある。

不動産取得税の課税対象たる家屋の概念に該家屋の付帯設備を含むか否かについては地方税法上明文の規定はない。従つて所得税法、法人税法等諸法の立法例に、条理及び実際上の取扱い等を勘案してこれを決定しなければならない。所得税法及び法人税法においては所得税法施行規則第十条、法人税法施行規則及び法人税取扱通達一九六号の三(記録九一丁参照)等により明らかに家屋とその付属設備とを区別してこれを別箇の存在と考えており、又企業会計原則に関する財務諸表準則一七(記録九〇丁参照)も右と全く同様の見解に立脚している。のみならず地方税法第七十三条第五号には不動産取得税の不動産の価格は「適正な時価をいう」と規定されており、家屋の適正な時価とは取得税と密接な関係にある固定資産税における評価格を意味するものと解すべきところ、固定資産税上の家屋の附属設備の評価に関する自治庁取扱通達(昭和二十六年八月二十一日地財委税一、三五〇号通達(記録九一丁参照)によつても附属設備中ボイラー、ポンプ、モーター、変圧器昇降機等の機械は償却資産として家屋とは別個に評価すべきものとされているのである。従つて不動産取得税の解釈としても右の如き建物と一体をなしておらない機械は不動産とは区別されるべきことは当然である。

(五) 原告が昭和二十九年十二月三十一日本件決定により税額一千五百五十八万二千八百七十円を納付していること前述のとおりであり、本件決定中税額金二百六十万九千五百九十円の部分について前述の理由のとおり違法である以上被告東京都は右税額に相当する金額を法律上の原因なく、原告の財産より利得し、原告は同額の損失を蒙つており、且つ被告において右物件を含めて評価することが違法であることを知つて本件決定をなしたものであるから、被告東京都は右税額相当の金二百六十万九千五百九十円及び右金員を受領した日である昭和二十九年十二月三十一日から支払済に至るまで年五分の割合の利息を返還する義務がある。

四、請求原因事実に対する答弁

請求原因第一項記載の事実は全部認める。同第二項記載の事実中本件建物が原告を註文者とし、株式会社竹中工務店を請負者として新築工事されたこと、原告主張の頃訴外会社は東京都建築局の証明を受けたこと、昭和二十九年四月二十四日原告が本件建物につき家屋台帳への登録及び保存登記を了したこと、同年八月二十七日新築工事が完成し、建築基準法に基いて届出を為し同年九月二日検査済証の交付を受け、同年十月初旬使用を開始したこと、原告主張の内容の自治庁府県税課長の通達(昭和二十九年八月三十日自治庁府発第六九号及び同年九月二十五日同庁府発第八一号)のあることは認めるがその余の事実及び法律上の見解は争う。同第三項記載の事実中被告東京都において原告主張の日にその主張額の税金の納付があつたことは認めるがその余の事実は争う。同第四項記載の事実中原告主張の各物件を含めて本件建物の時価を評価したこと、原告主張の物件の取得価格が別紙目録二記載のとおりであること、原告主張の自治庁通達(昭和二十六年八月二十一日地財委税第一、三五〇号)がなされたことは認めるが、その余の事実及び法律上の見解は争う。同第五項記載の事実中原告主張の日にその主張する額の税金が納付されたことは認めるがその余の事実は争う。

五、被告の主張

(一) 地方税法第七十三条の二第二項は家屋が新築された場合においては、当該家屋について最初に使用又は譲渡が為された日をもつて家屋の取得が為されたものとみなして不動産取得税を賦課する旨を規定している。従つて同法上新築された家屋というのは原告主張の如く「建物として遇し得べき域に達した工作物」であることは足りず該家屋が本来の用途に応じて現実に使用し得る程度に完成されることを要する、このことは同条の文言からみても「家屋が新築された場合」と過去形の文言を用いていること、同項但書には「家屋が新築された日」と表現しその日の特定できることを要件としており、建築工事進行過程中における「建物として遇し得べき域に達した」日というあいまいな日を指すものでないこと等から考えても明らかであるのみならず、「建物として遇し得べき域に達したときに家屋の新築があつたと認めなければならないとするならば、大きなビルデイングの新築工事においては主体工事の完了から竣工検査に至るまで相当長時間を要するを通例とするが、この場合に六ケ月以上経過してなお完成しない場合には主たる材料の供給者が請負者であれば、まず請負者に対し第七十三条の二第二項但書の規定により、又工事完成後注文者に引渡されると注文書に対し第七十三条の二第一項により両者に不動産取得税が賦課される不都合な結果を生ずることになる。それ故原告が昭和二十九年七月一日以前に取得当時、本件建物が従来の判例通説のいわゆる建物であつたかも知れないが、地方税法第七十三条の二第二項にいう新築された家屋ではなかつた。けだし右建物は昭和二十九年七月一日当時においては未だその本来の用途に応じて現実に使用し得る程度に完成されていなかつたからである。即ち、建物がその本来の用途に応じて現実に使用し得る程度に完成しているかどうかは、当該建物について具体的に考察さるべきであるが、本件建物のような近代的高層ビルデイングにおいては従来の木造住宅とはその趣を異にし、昇降機設備、給排水設備、照明装置等が建物の機能を全うするために不可欠の要素であるから、右の意味の完成があつたというためには右の諸設備が完成していなければならないところ、本件建物は右月日当時右記の諸設備は未だ完成していなかつたから、未だ完成していたとはいえなかつたのである。そして新築家屋の取得とみなされる最初の使用のあつたのは昭和二十九年十月初旬であるから、同年七月一日施行された前記第七十三条の二の規定を、その後に生じた右課税要件該当の事実に適用して不動産取得税を賦課した本件決定にはなんら違法はない。

(二) なお本件決定の課税標準算定の方法は次ぎのとおりであつて、その算定についても違法はない。

本件建物の主体構造部(建築工事部分)のみならず、温湿度調整装置、冷暖房装置、照明装置、火災報知設備、給排水衛生設備、電気設置、エレベーター及び自家発電設備をも評価の対象となしたものである。けだし家屋の時価を算定する場合、家屋として機能如何が大きな要素であるところ、建物の主体構造部と右諸設備とは有機的一体をなし建物として不可分に融合して綜合的機能を発揮するものであるから、右諸設備を切り離して評価することは適正でないからである。そして評価方法は資材費の資料から建物全体の昭和二十六年一月一日現在における再現建築費を推定し、これを標準家屋と比較し、特殊性を勘案して各費目について修正を加え、建物全体を一個の不動産として綜合的に評価したものである。(それ故右諸設備の取得価格も参考資料とはなるがその合計額ではない。)本件建物の時価算定にあたつては本館(三、四七二坪〇七)と車庫(一二六坪五六)の二つの部分にわけ、各々について次のとおり昭和二十六年一月一日現在の坪当り基建築費を算定してそれぞれその床面積を乗じ、さらに昭和二十六年一月一日と昭和二十九年一月一日現在との物価の騰貴の率本館については一、二車庫については一・一二(価格乗率)を乗じ且つ建物の地域差及び高度差による利用価値の程度を考慮して利用価値考慮率本館について一、〇九車庫について一、一四三を乗じ次のとおり計算した。

(単位円)

内訳          本館       車庫

設計管理費       一、五〇〇    八〇〇

仮設工事費       五、〇〇〇    八八〇

基礎工事費       五、六〇〇  六、五〇〇

組架橋工事費     四八、五五七 二〇、四六二

防水工事費         二二四  一、一五二

外装工事費       三、六八三    五八一

内装工事費       五、五六六  二、四六七

木工事費        一、九五〇     三一

塗装工事費         九〇〇    二六三

金物工事費       二、九二〇  一、六六〇

建具工事費       四、七五〇    一四三

硝子工事費       一、一二〇      二

附帯設備工事費    二九、〇六〇  六、二〇〇

内訳給排水衛生設備   三、七五〇

電気設備       一〇、一六〇

空気調整設備      九、六五〇

昇降機設備       五、五〇〇

雑工事費        二、〇〇〇  二、一五〇

合計        一一二、八三〇 四三、三〇〇

実床面積     三、四七二坪〇七 一二六坪五六

昭和二十六年一月一日

当時の再現建築費    三九一、七五三、六五八 五、四八〇、〇四八

価格乗率を乗じた価格  四七〇、一〇四、三八九 六、一三七、六五三

利用価値率を乗じた価格 五一二、四一三、七八四 七、〇一五、三三七

右のとおり本館及車庫の取得時の価格は五億一千九百四十二万九千百二十一円と算定した。(なお附帯設備工事費は右工事契約が本館と車庫共通の一箇の契約でなされかつ現況は本館に主体がおかれているから右表の内訳記載の附帯設備工事費については車庫分について分割評価せず本館について全額評価し、車庫の分としては堀及び渡り廊下の舖装工事を評価している。)

(三) 前述のように家屋の時価の算定に当つては家屋としての機能如何が大きな要素となるのであるが、附帯設備が当該家屋の機能を発揮せしめるため欠くことのできないものであればこれら一式全部のものが家屋と一体となすものと考えるべきものである。例えば給排水衛生設備についていては同設備中配管装置等は家屋に含まれるが、別紙目録二記載の機能類は家屋と別であると区分することは給排水衛生設備の有機的一体性を破壊し、適正な価値を評価する方法でなく、これらの機械類を含めて当該家屋を本来有する機能を営むことのできる状態において正確に把握できる訳である。特に本件建物のように近代的高層ビルデイングの評価の場合には特にこのことは必要である。従つて原告主張の別紙目録二の各物件を含めて本件建物を評価したことはなんら違法でない。なお右の取扱いは固定資産税上家屋の附属設備の評価に関する自治庁取扱通達(昭和二十六年八月二十一日地財委税一、三五〇号)の取扱いとするが、右通達は元来市町村長の固定資産税評価に対する技術的援助を与える一つの方法に過ぎず、自治庁の取扱いも家屋の範囲について確固不動のものである訳ではなく、次第に変化を来し例えば昇降機については昭和二十九年度までは償却資産として評価すべきものとされたが、昭和三十年度からは家屋の範囲に含ましめることになつたが如きである。

六、被告主張事実に対する原告の答弁

(一) 被告主張の本件建物の評価額中本館の附帯設備工事費以外は争はない。

(二) 地方税法第七十三条の二第二項の新築家屋に対する不動産取得税の「課税要件としての不動産の取得」が従来の法規範(昭和二十三年法律第一一〇号による旧地方税法第八十八条の不動産取得税をも含めて)の下における「不動産の取得」の概念と全く異ることは右法文上からも明らかであり、したがつて右法条が適用されることになつた昭和二十九年七月一日以後においては新築家屋の取得に関する限り不動産取得税法上は従来の法規範の下における「不動産の取得」概念によつて取得の有無を律しえないものとなつたことは多言を要しない。

しかしそれと同時に昭和二十九年七月一日以前に従来の規範の下における不動産取得概念によれば不動産としての新築家屋の取得が存する以上七月一日以後に重ねて不動産取得税法の取得概念によつて取得の有無を認定することはこれを認容する特別の法規のない限り許されない。けだし不動産取得税法上の取得概念で取得の有無を判断することは従来の法規範の下における「不動産の取得」の概念を排斥し否定することに外ならないが、その排斥否定は従来の法規範の下における不動産の取得概念によつてもその取得が昭和二十九年七月一日以後に生じたものに限り許されるべきところである。

そして不動産取得税法上遡及効について特別の規定はないのであるから、すでに昭和二十九年七月一日以前に従来の法規範の下における「不動産の取得」を完了した本件家屋については地方税法第七十三条の二第二項を適用すべき余地はないのである。

(目録省略)

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